帝国ではオメガ蔑視が強いと聞くけど、このランダリエ王国に限っては、オメガは『聖樹』と呼ばれる、尊い存在のはずだ。
ランダリエの神殿で身を清めて育ったオメガは、アルファと番うと「必ずアルファを生む」からだ。 そのために、王国では生まれた子供がオメガだと分かると、身分を問わず神殿に入れられる。 エマも、貧しい村で生まれたが、巡礼で訪れた神官に見いだされて『聖樹』となり、いずれ高貴なアルファに嫁ぐ身として、厳しい教育も受けてきた。 第二王子との婚約は王命だったが、立派な伴侶になろうと決意したのに……。 レオナールは、エマに名を呼ぶことも許さず、婚約式の後には『貴様には必要ない』と用意された婚約指輪も取り上げた。 「んぁッ……お、お願い、しますッ……どうか、薬を……ぅぅっ!」 「ふんっ。卑しい平民にやる薬などない」 苦しみから逃れようと縋っても、レオナールは冷たく言い放つ。 「ぁぁッ……ど、どうして……ァッ」 襲い来る熱に悶えながら、エマはレオナールに問いかけた。 「なぜ……このように酷い仕打ちを、なさるのですか?」 離れに軟禁され、薬を奪われ、発情期に入ったいま、激しい苦痛に苛まされる。 発情した体は、焼かれたように火照り、腰の疼きはやまず、いくらイってもまた昂ぶりが頭をもたげる。 もうまる一日、水しか口にできず、身悶え、汗と精液でシーツをびっしょりと濡らした。 疼く熱に苦しむエマを、レオナールは冷ややかに見下ろし、杯をギリッと握りしめる。 「なぜ、だと……!?」 レオナールが鋭い目でエマを睨み、怒声を上げた。 「王妃も、兄上の正妃も、公爵家出身の令嬢だ! それなのに、オレに与えられたのは平民の男だぞ!?」 レオナールは杯を床に投げ捨て、激昂する。 「貴様のせいで、オレはとんだ笑い者だ!」 「ッ……」 罵声を浴びせられ、エマは身を縮める。 けれど、それはエマが望んだことではない。 「こ、この婚約はッ、……陛下が、お決めになったことです……」 「ああ、そうだ!」 王命であることは、レオナールも理解しているはずだ。 それでも感情が抑えられないのか、腹立たしげに床を蹴った。 「くそッ……貴様が婚約者などと、考えるだけで虫唾が走るッ!」 吐き捨てるレオナールの隣で、静かに控えていた従者は新たな金の杯に酒を注ぎ、レオナールに差し出す。それでも、ルシアンへの思慕を隠すことができなくて、エマは真っ赤な顔で俯いた。 「エマ」 「は、はいっ」 「この前案内してくれた紅薔薇(べにばら)離宮は、とても見事でした」 ルシアンが気を利かせて、話題を変えてくれる。 エマは赤い顔を気にしつつ、それに答えた。 「あ、はい! あの離宮は本当に素晴らしくて、何度訪れても、魅入ってしまいます」 エマも、紅薔薇離宮を初めて訪れたときは、感激した。 十四歳で王宮に来て、西殿(さいでん)で暮らしていた頃は、何かの折りに付けて、よく足を運んだものだ。 けど、レオナールの婚約者に選ばれ、琥珀の館に移ってからは、離れに軟禁されて自由に出歩くことができなくなった。 だから、先日久しぶりに訪れた紅薔薇離宮は、エマにとっても楽しい時間だったのだ。 ルシアンも紅薔薇離宮を気に入ったのか、感心したように話し出す。 「特に、宝石で造られた薔薇には驚きました。噂には聞いていましたが、あれほどの規模とは思いませんでしたから」 「はい。高名な建築家や芸術家の方々が、何年も掛けて作り上げた芸術品ですから」 「宝石は、すべてランダリエで採れた物を使っているのですか?」 「全部ではないですが、サファイアとルビーだけは、国内の鉱山で採れた物を使用しています」 エマは胸を張って答える。 ランダリエ王国の鉱山のサファイアとルビーは、高品質の原石が多く採掘され、高値で取引される。 オスティン帝国には、毎年一定量の鉱石と金を献上しているが、サファイア原石のランクは、最高、もしくは高級ランクの原石ばかりだった。 加工技術も発達している為、ランダリエの宝飾品は外国でも評価が高いのだ。 「それは素晴らしいですね。あのような最高品質のサファイアは、どこの鉱山でも採れるのですか?」 「いえ、限られた鉱山になります。最高品質となると……カースレーン領でしょうか。あ、ワイール領も最高品質のものが採れるのですが……」 「そちらは
「ぁん、ルシアン様っ」 「もっと、貴方の顔を見せて下さい」 「わ、私の顔……?」 「言ったでしょう? 貴方は、私の美しい薔薇だと」 「ッ!」 「私を見てくれると、嬉しいのですが」 「ぁ、っ……はい。ルシアン様」 きっと、顔が真っ赤になっている。 だけど、ルシアンに請われて、否とは言えない。 エマはドキドキしながら、ルシアンの端整な顔を見つめた。ルビーのようにきらめく瞳も、陽に透ける銀の髪も素敵だ。優しい眼差しに、胸が焦がれる。 うっとり見惚れていると、ルシアンが口元を緩めた。 「エマ」 「はい」 「先日は、とても素敵なお守りをありがとうございました」 「えっ? あ、あのお守りですか?」 「ええ。とても愛らしい文字で書かれていて」 「ぁっ……簡単なものしかお渡しできなくて、申し訳ないくらいでしたのに」 「貴方の祝福が込められているだけで、十分に素晴らしいものです」 ルシアンの温かな声に、頬が緩む。 お礼を言ってもらえるとは思ってなくて、エマは胸がいっぱいになった。 「ありがとうございますっ。ルシアン様」 お世辞だとしても、すごく嬉しい。 「エマ」 「はいっ」 ルシアンが、そっと顔を近づけ、小声で尋ねた。 「エマは、私を想いながら、書いてくれたのですよね?」 「……はい」 コクンと頷き、ルシアンを見つめる。 煌めく赤い瞳に、胸の高鳴りが大きくなった。 ルシアンは甘い声音で、美しく微笑む。 「エマの優しい想いが伝わってきて、嬉しかったですよ」 「はぅっ!」 ドキンッと鼓動が跳ねた。 腰が甘く痺れて、蕾がクチュリとひくつく。 (うぅ……ルシアン様の甘い声と微笑みだけで、感じちゃうっ!) 恋い慕うアルファに、オメガの躰はたやすく反応してしまう。 けれど、ここは昼間
「今日も、まだ具合が良くないようですね」 「えっ、あ、その……」 誤魔化そうとしたが、ルシアンの瞳に見つめられると、嘘は言えない。 エマは小声で答えた。 「少し、微熱がありまして……」 「昨日も公務だったと伺いましたが。働きすぎではないですか?」 「いえ、そんなっ。薬も飲みましたし、大丈夫ですっ」 王太子の計らいで公務ということになっているが、実際は休みを頂いたのだ。客人であるルシアンに本当のことは言えないが、エマは大丈夫だと笑顔を見せた。 しかし、ルシアンは軽く首を振って、小さく息を吐いた。 「無理をして悪化したらいけませんから。今日は王都へ出かけるのは止めにしましょう」 「ぁ……あの、私なら平気ですっ。これくらいの熱は、慣れておりますので」 「いいえ。駄目ですよ」 ルシアンは微笑みながらも、きっぱりと言った。 (どうしよう……) 体調管理もできず、熱があるのを見抜かれて、気を遣わせてしまうなんて。 接待役として失格だ。 (ルシアン様も、僕のこと呆れちゃったかも) しゅん、とうなだれるエマに、ルシアンの優しい声が届く。 「今日も、王宮の庭園を案内してくれますか?」 「えっ?」 「たしか、奥庭園があると伺いましたが」 「は、はいっ!」 優しい眼差しに、胸が温かくなる。 (ルシアン様と一緒にいられる!) エマは嬉しくて、顔がにやけそうになった。 「私がご案内させて頂きますっ」 「お願いします」 エマは大きく頷き、さっそく奥庭園へ向かうことにした。 +++ エマがルシアンを案内したのは、奥庭園だ。 先日案内した王宮庭園より規模は小さいが、王族や聖樹の為に作られた庭園なので、ランダリエの貴族でも容易に
ルシアンは嫌気が差して、途中で同僚に押しつけて戻ってきたのだが、王族という立場にいながら、あれほど薄っぺらい人間だとは思わなかった。 「あんな奴が、エマの婚約者なのか」 エマは、さぞ苦労しているだろうと同情する。 (あの男に、エマはもったいない) ルシアンは、本気でそう思った。 ランダリエ王家のしきたりによって婚約したと聞くが、明らかに釣り合いが取れていない。 ルシアンを惹きつける、あの可憐な白い花が、レオナールの腕に抱かれていると思うと激しい怒りを覚えた。 「ッ……」 ダンッと音を立てて、杯をテーブルへ置いた。 (いや……あの男が、エマを正当に扱うだろうか?) 最初の挨拶の場でも、パーティでも、レオナールはエマに対して冷たい態度を取っていた。噂通り、聖樹であるエマを冷遇しているのは間違いない。そんなレオナールの態度を、聖樹に対する冒涜だと眉をひそめる貴族もいる。が、王子相手に進言する者はいないようだ。 (エマは、抑制剤も服用していなかった) 外国から客人を迎え接待する立場で、服用を忘れるとは思えない。鎮静剤を渡した時も、ルシアンが驚くほど喜んでいた。 (薬を取り上げられたのか? オメガに必須の薬を?) 抑制剤がなければ、発情期はかなり苦しむはずだ。 お節介かもしれないが、次に会った時は、エマに抑制剤を渡そうと思った。 「これのお礼だと言えば、受け取ってくれるだろう」 ルシアンは小さなお守り袋を手のひらに乗せる。 四角い形で、中にはカードが一枚入っているだけの薄っぺらいものだ。 曲げてしまわないように注意して、中の紙を取り出す。 あまり質の良い紙ではないが、インクで綴られた文章は、柔らかく温かみのある文字だった。 ランダリエでは有名な、祝福の一節らしい。 『昼』は貴方の道が輝き 『夜』が貴方の愛を包む 『星』は幾千の祝福を告げ 『天』は幾万の希望を贈る
ベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。 何度も寝返りを打つので、そのたびにベッドが軋む。 (あ、ナタリナが起きちゃうかも) ナタリナは隣の部屋で寝ているのだ。 耳を澄ましてみたが、物音や人の気配はしなかった。 安心して、息を吐く。 (今日も疲れたな……) ゆっくり休めるはずだったのに、書類仕事ばかりして、目も疲れた。 ふだんのエマなら、あれくらいの量は何でもないが、前日にレオナールから折檻を受けたせいだろう。 そのときのことを思い出すと、胸が苦しくなる。 嫌な記憶を忘れたくて、ルシアンのことを思い出した。 (ルシアン様っ) 王宮の庭園で、明るい日差しの中をルシアンと歩いた。二人きりでお茶を楽しんで、その後は……欅の木陰に隠れて、あられもない姿を晒してしまった。 ルシアンのしなやかな手が、エマの尻をもみしだき、昂ぶりに触れて、何度もイかされて……。 「ンッ、……ぁぁっ」 躰が熱くて、気持ちよくて。 ルシアンの手にすべてを任せて、喘ぎながら果てた。 みっともない姿を見せてしまったのに、ルシアンはエマを「可愛い」と言ってくれたのだ。 「はぁんっ、ァッ、ルシアンさまっ」 あの甘い快楽を思い出すと、躰が熱くなってくる。 半身がゆるりと勃ちあがり、エマは夜着の裾をめくって、両手で握りしめる。 「んぁぁっ、ん、ぁぁッ」 (声、聞こえちゃうッ) エマはシーツを噛んで声を抑え、昂ぶりを扱いた。 「んぅぅッ、ッ、ふぅぅっ」 腰のあたりが熱くなり、蕾まで疼いてくる。 昨日、ルシアンが最後まで触ってくれなかった蕾。そこからトロリと愛液がこぼれおち、エマは思わず指を突き入れた。 「っ、ぁぁんっ!」 ぐちゅ、と指を飲みこむ蕾に、エマの躰がさらに熱くなる。 (ぁっ……気持ちいいッ……ぁぁ
シーツの上に腰掛けると、ナタリナがティーカップを差し出してくれる。 花の香りがエマを優しい気持ちにした。 「ナタリナのハーブティーだね」 「はい。これを飲めば、よく眠れますよ」 「うん」 ナタリナが淹れてくれるハーブティーは、疲労回復にいい。 香りもよく、これを飲むとぐっすり眠れるのだ。 「エマ様の体調も安定しているようで、良かったですわ」 「ルシアン様が下さったお薬のおかげだね」 「ええ。帝国にあのような薬があるなんて存じませんでした。また分けて頂けると良いのですが」 ナタリナが切実な面持ちでつぶやく。 レオナールに抑制剤を取り上げられたせいで、エマは発情期のたびにひどく苦しむ。そのうえ、今回は媚薬を使って、無理やりエマを発情に近い状態にしたのだ。エマを想うナタリナが、ルシアンの薬を望む気持ちもよく分かった。 エマも、ルシアンの薬に助けられたので、もっとたくさん欲しいと思う気持ちは同じだ。 「でも、ルシアン様は親切心で分けて下さっただけだから。迷惑はかけられないよ」 「ですが、エマ様。デイモンド伯爵は、エマ様によくして下さるではありませんか。帝国の方ですが、『聖樹』への偏見もないようです。エマ様が望めば、きっと手助けして下さるはずです」 ナタリナが、エマの顔を覗き込む。 エマに近づく相手を厳しく見定めているナタリナだが、ルシアンへは好意的だ。 始めは、ルシアンに気をつけるよう忠告してきたのに、高価な鎮静剤を分けてくれたことで、株が上がったらしい。 (ルシアン様は、優しい方だから) 家族同然のナタリナが、ルシアンを認めてくれたようで嬉しかった。 「でも、図々しいって思われないかな?」 ルシアンの親切を、好意と勘違いしてはいけない。 エマはずっとそう戒めてきた。 (僕が、抑制剤を飲んでないのを、心配してくれただけ) 静香石(せいこうせき)の調子を見てくれたのも、エマの熱を解放するために触れてく